cave hatano

醸造家のひとりごと

土地と発酵

2021/11/21

信州名産である白味噌や野沢菜漬けなどの醗酵食品は現在でも一般家庭、商店を問わず多くの人によって造られています

山に隔てられ都市化から遅れた(個人的には逃れたと言いたい)山間部には文化や古い習慣が色濃く残っているという物理的な一面もあるかもしれないが、土地の条件によって発酵食品が残るべくして残った、または引き継がれたと言うことも事実だろうと思う

私が東御の地に移住してきた当初 (もう15年以上も前になるが)  近所のお婆さんから頂いた野沢菜漬けや味噌の味に感動し、埼玉の実家に持ち帰った際、数日で色、香り、味が落ちてしまった事に驚いた経験を今でも覚えている (保存はどちらも冷蔵庫なので温度の差は無い)

その後、家を持ち、味噌を仕込むようになり、仕込んだ味噌の一部を持ち帰った埼玉の友人が熟成後の味噌を開封した時の色の違いにも驚いた (我が家は鮮やかな白味噌に、友人宅は茶褐色の赤味噌になっていた)

都内で模様されるワインの試飲会の場でも信州との香りの立ち方の違いに毎回、違和感を感じていた

発酵食品はその土地の温度、湿度、気圧、空気、微生物、水など多くの要素と関係しあってつくられる為、土地や環境が及ぼす結果の差が他の食べ物よりも遥かに大きいように思う。

ワインの醸造においても今年は大きな気付きがあった

ワインを醸造する際、教科書的に参考にする本があり、また各地の経験豊富な醸造家のセミナーなどで知識を得ることもできる

そして、それらが語る最も重要な要素の一つは、いかに健全、安全にワインを発酵、熟成させるか、その為にはどのような環境を整え、どの様な補助剤や添加物をどの程度の量で使用すべきかと言うこと

しかしこの県外で作られた全国共通の指標こそが私を困らせていた大きな落とし穴だった。醸造に適した信州の冷涼で乾燥した環境が要因であると思われるが、その良いとされる指標に近づければ近づけるほどワインは健全、安全どころか良からぬ結果を産んでしまい、この2年間大いに苦しめられた

上記の通り環境との相互作用によって大きく変化する微生物の動きは、同じ温度、分析値であっても土地が変われば、その活動に大きな差が生まれる。環境と微生物の動きの関係性に関しては、科学的な理論に基づき実験室で証明された事を正しいとする現代の欧米的学問ではまだまだ全体制を知る事は難しく、残念ながら理論上の予測と現実の結果にはかなりのギャップがある

社会的常識を無視して自分が経験、観察して得た結果から予測を立て行動する。文字で書けばそう難しくもなさそうだが、この常識からはみ出すという行為はそれなりの勇気と全体主義的傾向の強い現代では批判の的にさえなりえる

今年の醸造は(正確には今年の醸造の後半から)その常識を捨てもう一度自分の経験と五感を頼りに挑んだ

結果、かなり手応えのある、違和感を感じない答えが返ってきた。そして誰かが示した事を再現して得た安心と成功よりも自分の五感で感じ、考え、辿り着いた実態こそが人生におけるかけがえのない財産と充実感に、いや、それこそがまさに生きている事そのものなのだと感じた

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